誰か知る松柏後凋の心

たれかしる しょうはくこうちょうのこころ

”被告人による証人尋問”を体験して

第7回公判では,被告人である私自身が証人(検察側証人)の反対尋問を行う場面がありました。

ほとんどの公判において,尋問は,検察官と弁護人によって行われるものです。被告人が尋問を行うことは,制度上許されることであっても,実際にはなかなかあることではないでしょう。

法律を学んだこともなく,法廷のマナーも十分に理解していない私が,本当に法廷に立ち,証人を尋問してよいのか・・・。初めのうちはかなり戸惑いがありましたが,高見秀一弁護士からは「大丈夫ですよ,その方がいいから,そうしてください」とのご意見があり,被告人による反対尋問が実現することになりました。

被告人が尋問を行う2つの理由

高見弁護士が,「そうした方がよい」とおっしゃったのには,2つ理由があります。

 

①私に,証人と同じ専門分野の知識があること

1つめは,今回の事件で争点となっている事柄について,証人がその道の専門家であり,私もまた,同じ分野の専門知識をもつ者であったからです。

事前に用意した質問事項を順に尋問するだけなら,きわめて簡単な作業です。実は,検察の主尋問は,ほとんどそのような形になります。なぜなら,公判に先立ち,検察は証人テスト(=検察官と証人との打ち合わせ)を行うのが通例であり,検察官は,このプロセスを経て,証人が質問にどう答えるかについておおよそ見当をつけることができるのです。

実際に,私の公判においても,検察官の主尋問は,ほぼ流れ作業でスムーズにやりとりが進んでいました。

ところが,弁護側の反対尋問ではそうはいきません。こちらの問いかけに証人がどう答えるかが分からないからです。弁護側が,検察側証人と事前の打ち合わせをすることができればよいのでしょうが,なかなか難しいようです*1

したがって,弁護側の反対尋問では,何を答えるかわからない証人に対して,臨機応変に質問事項を変えていかなくてはなりません。今回のケースでは,もし,証人の回答が専門的な内容を含むものであった場合,弁護人がその内容を完全に理解できない可能性もあります。そこで,証人と同じ専門分野の知識をもつ私であれば,証人の言うことが理解できるだろう,ということで,私が直接質問した方がよい,と思われます。

 

②証人が言い逃れがしにくくなること

2つめは,私自身の口から直接証人に問いかけることによって,証人に本当のことを言ってもらいやすくなる,という理由です。

証人は,公判での証言に先立ち,「ウソをつかない」という宣誓をしてから証言を行います。しかし,証人も人間ですから,いつも本当のことを言うとは限りません。証人は,積極的にウソをつくことには抵抗があるでしょうが,自分が後ろめたいと思う事柄については「知らない,分からない,記憶が曖昧である」程度の言い逃れをすることにおそらく抵抗はないはずです。

ところが,目の前にいる被告人から,直接「あのときはこうでしたよね」と言われれば,それが真実である限り,証人が言い逃れをすることは難しいだろう,と思われます。

 

尋問技術

いずれにしても,私は,事件の当事者であるがうえに,公判で検察が何を立証しようとしているかを完全に理解しています。私は,尋問で聞くべきこと,そして証人から「獲得すべき証言」が何かは十分に分かっています。

足りないのは,尋問技術です。

尋問をスムーズに進めるためには,証人に素直に「はい」と言ってもらえる質問をできるだけ多く準備する必要があります。あらかじめ準備したこちらの問いかけに対し証人に「はい」と答えてもらえば,次に聞くべきことは1つに決まります。しかし「いいえ」の場合は,なぜ「いいえ」なのかによって,次に出す質問が変わってくる可能性があるのです。そうなると大変ですので,「はい」と答えてもらえる言い回しをたくさん考えておく必要がありました。

私のねらい

私の尋問では,大まかにいって2つ,獲得したいことがありました。

1つめは,証人は,当時,私の作った仕様書案について意見を述べる機会が何度もあったにもかかわらず,彼は全く反対意見も述べなかったことです。一方で,その証人は,捜査段階から公判(主尋問)に至るまで,私の作った仕様書案が不合理なものである,と供述していたのです。それならば,なぜ,当時,その場で何らかの指摘をしなかったのか。私はとても不思議に思っていました。

2つめは,システムの改修(開発)であっても,保守であっても,結局のところ,当該システムのソフトウェア(プログラム)を作成した業者*2でなければ,その実施は困難であることです。

検察のストーリーは,
「桑田が『システム改修』を『システム保守』の仕様書に入れた」
⇒「改修は「開発」であり,プログラムの改変・追加が必要」
⇒「それができるのは,元のプログラムを作成した業者だけ」
⇒「その企業はダンテック」
⇒「桑田は,ダンテックに有利にするためにそうしたのだ」
という(きわめて稚拙な)ものです。証人も,このストーリーに沿った供述をしていました。

しかし,実際には「保守」業務の中にも、プログラムの改修・追加が必要になる業務があります。その仕様書には「保守」の対象となるソフトウェアは他にもたくさんあり,それぞれについて「ソフトウェアを作成した業者」がいるのです。検察のストーリーが成り立つのであれば,そのような数多くの業者すべてが有利になったといえます。そのような議論をすること自体,ナンセンスです*3

結果

以上のような考え方で,私は証人に尋問を行いました。時間は20分程度であったと思います。書面の提示の方法など,慣れない部分があり,思いのほか時間がかかるものだと感じました。尋問に慣れておられる弁護士さんからみれば,たどたどしい尋問であったとは思いますが,技術の部分はさておき,内容はまずまずよかったのかなと思います。

証人の答え方にも,考えさせられるものがありました。質問する側からすれば「端的に答えて欲しい」と切に思いました。私にはできませんでしたが,証人の答えが長くなりそうなときに,適当なタイミングで遮ったり,再質問したり,といった技術も必要なのでしょう。質疑応答をしているのは尋問者と証人だけですが,その二人の意思疎通がポイントなのではなく,裁判官にどのように聞こえているか,が最も重要です。そのような意識を持ちながら,本来は尋問にあたるべきなのでしょう。私は,尋問中にはとてもそこまでは考えが及びませんでした。

おそらく次の機会はないものと思いますが,将来行われる私の被告人質問のときに,今度は逆の立場として「するべきこと」「してはいけないこと」について明確になったのは大きな収穫です。

いずれにしても,尋問は,準備,実施ともに大変な作業でした。あらためて弁護士は大変苦労の多い職業だな,と思いました。

 

*1:通常,検察側が証人を呼ぶのは,「検察に有利な証言をしてもらうため=被告人にとって不利な証言をするため」です。このような証人を弁護側から見て敵性証人といいます。敵対する相手に事前接触することは,かりにそれが可能であったとしても,証人に質問内容を悟られてしまう(=答えが準備されてしまう)リスクがあります。

*2:正式には,その業者から委託をうけた業者や,代理店なども含みます。

*3:事実の一部を切り取り,他を切り捨てることによって有罪を立証しようとすることの恐ろしさを表す一例です。その部分だけを見れば確かに事実ですが,全体として真実たり得ません。