誰か知る松柏後凋の心

たれかしる しょうはくこうちょうのこころ

新たなプロジェクト

私が国循を退職したのは2016年8月である。

自ら望んで退職したわけではなく、国循サザンの裁判が継続中、つまり刑事被告人の立場のまま雇用契約期間の満了を迎えてしまったので如何ともしがたい状況であった。

事実上のキャリアの終焉である。以降、私は医療情報の仕事に携わることはほとんどなかった。事件のことで業界の人たちにはさんざんご迷惑をかけてしまったので、自分にそのような資格があるとは思っていなかったし、なにより、私と一緒に仕事をする方に却って迷惑をかけてしまうことになったら目も当てられないと思ったからだ。

私がやっていた仕事は、医療機関に雇用されて「病院情報システム関連のプロジェクトマネジメント(PM)をする」仕事である。この仕事は、公的機関でのニーズが多い。民間病院では、よほど大きな病院でない限り、そのようなことをするためだけに人をあてがう余裕はなく、システムにかける予算も最小限である(ユーザーにはかわいそうなことではある)。

さて公的機関で雇用されるとなると、当然ながらその身分は公務員に準じたものとなる。ところが公務員(一般職)には欠格事由というものがあり、特定の条件を満たす人は公務員になれない。私の関係でいえば、

禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者(国家公務員法第38条2号)

がその欠格事由にあたる(地方公務員にも同様の規則がある)。私は、現時点では「刑に処せられ」ているわけではなく、欠格事由には相当しない。しかし「推定有罪」の原理が働く日本社会においては、刑事被告人を雇用することはすなわち犯罪者を雇用しているようなものなので、このような身分の者を雇い入れるならば「公務に対する国民の信頼が損なわれるのではないか」とする「至極まっとうな」批判を受けること必至である。そこがクリアできたとしても(まずできないが)、裁判が終結し仮に禁錮刑や懲役刑が確定すれば、たとえ執行猶予がついたとしてもその時点で身分を失う。つまり、仕事の途中で、プロジェクトを捨てて突然やめなければいけないことになる。

リスクの塊である。ゆえに、私は、自分が今までやっていたような仕事に戻ることはほぼ不可能である、と思っていた。

ところが、である。よく考えてみれば、PMの仕事をするのに、必ずしも医療機関に雇用されている必要はない。利益相反の観点からいえば雇用されていることが望ましいのであろうが、医療機関から業務委託を受けることや、ベンダー側のPMもアリである(ただし後者は何をPMの目的とするか、という意味で病院側との利益相反はあるだろう)。

そのようなことを漠然と考えているうちに、今年になって、PMをお願いしたい、と言ってくださる「勇気ある」方々が現れた。いずれの方も、旧知ではあるが一緒に仕事をしたことのない方たちである。一方は今月になって正式に話がまとまり、他方はこれからであるが、すでにお客様である病院との関わりは始まっている。まさに僥倖である。

私のような者に社会での活躍の場を与えてくださろうとする、その心意気に感謝したい。行動していただけることのありがたさ、である。「裁判がおわったら、ぜひ」「おちついたら、ぜひ」「無罪になったら、ぜひ」「なにかあったら、ぜひ」などと言ってくださるのも嬉しいのであるが(言ってくださる方に悪気がないのは重々承知のうえで)、残念ながら、それは私の「生きる力」には結びつかない。

落ちた人間に未来を考える余裕はない。日々絶望感に苛まれる今しかないのである。今、手を差し伸べて、私を助けようとしてくださる方々に唯々感謝したい。